「勉強しているのに、なかなか身につかない……」 語学を学ぶ社会人なら、一度は抱く悩みではないでしょうか。
私はこれまで大学でドイツ語を専攻し、現在は英語で仕事をしながら、中国語の習得に励んでいます。ずっと「学ぶ側」に身を置いてきた私が、今、週末に「日本語を教える」という道を選んだことで、語学に対する視界が劇的に変わりました。
今回は、なぜ多忙な社会人の私が、専門家でもないのに「日本語講師」を、しかも「副業」として始めたのか。その本音と、そこから得られた驚くべき学習効果についてお話しします。
きっかけはドイツでの「逆転」の経験
原体験は、大学時代のドイツ留学にあります。 現地で日本語を教える機会があったのですが、そこで私は衝撃を受けました。文法も文字も、自分たちが当たり前に使っている日本語が、外国人にとっては「エベレストを登るような難解な言語」だったのです。
しかし、文化や旅行への情熱を胸に、目を輝かせて学ぶ彼らの姿を見て、日本人として純粋に「ありがたい、力になりたい」と感じました。この時の「教える喜び」が、今の活動の原動力になっています。
なぜボランティアではなく「副業」なのか?
ここで、多くの方が抱く疑問があるかもしれません。「専門外なら、まずはボランティアでいいのでは?」と。
実は、私はあえて「お金をいただく副業」という形にこだわりました。そこには2つの本音があります。
- 「甘え」を断ち切るため ボランティアだと、仕事が忙しい時に「今日は無料だし、準備不足でもいいか」という甘えが出るかもしれません。しかし、対価をいただく以上、プロとしての責任が生じます。この「心地よいプレッシャー」こそが、継続のガソリンになるのです。
- 最高の学習環境を作るため 「専門的に学んでいない」という不安があるからこそ、生徒さんの質問に答えるために必死で予習します。この「教えるための予習」は、どんな参考書を眺めるよりも深く、記憶に刻まれます。

ラーニングピラミッドという概念をご存知でしょうか。講義を聞くだけの定着率が5%なのに対し、「他人に教える」ことは90%に達すると言われています。私にとって日本語を教えることは、最強のアウトプット訓練なのです。
教えることで、私の英語・中国語が変わった
日本語を教え始めてから、意外な副作用がありました。自分の英語や中国語の学習効率が上がったのです。
- 論理的思考が鍛えられた: 日本語の構造を客観的に説明する癖がついたことで、外国語の文法も「なんとなく」ではなく「ロジック」で捉えられるようになりました。
- 学習者の痛みがわかるようになった: 今、私自身が外国語で苦戦しているからこそ、生徒がどこで躓くかが手に取るようにわかります。その共感が、生徒との信頼関係を築く武器になりました。
- それぞれの言葉の「あいまいさ」を説明できるようになった:生徒さんのレベルによっては英語で説明することもありますが、その際に各言語が持つ「あいまいさ」やニュアンスの違いを整理して伝えられるようになりました。
完璧じゃなくても「教え始めていい」
「もっと完璧になってから」「資格を取ってから」……そう考えて足を止めるのはもったいないことです。
「教えること」は、学びのゴールではなく、学びを加速させるための最高のプロセスです。もしあなたが語学学習の壁にぶつかっているなら、ほんの少し勇気を出して、自分の持っている知識を誰かに手渡してみませんか?
外国語学習で自分が苦戦しているからこそ、わかる躓きや大変さがあるはずです。世界一難しい言語だと言われている日本語を学んでくれている海外の人たちに、私だからこそ寄り添った手助けができるのではと信じています。
次回は、「実際にどんなステップで始めたか」をお話します。

